さて年末最後なので、お参りをしてきました。
一年間色々あったけどサクサク忘れていきますw
というわけで最後にブログ的に文章を残して一年終わります。
僕のオンラインサロンで書こうと思っていたことですが、なんとなく、ブログにあげておきます。
僕が最近思っていることは
ショートカットしすぎなんじゃないかな?と思うわけです。
問題です。
・SNSやメールで感謝されることよりも「手紙一枚」の方がなぜ大切にできるか?
・ただお金をもらうことよりも「プレゼント」が嬉しい理由は?
このあたりは全部「ショートカットをしていない部分」を売っているんだと思います。
ショートカットをするデメリット
メールはいつでも簡単に素早く送れます。どれだけ嬉しいメールが来ても。そのメールをいつまでもとっておくことはありません。
でも、人からもらった手紙はどうでしょう?
伝えている中身がおんなじでも。字が汚くて読みにくくても。
- 手紙を用意した時間
- 字を書いてくれた時間
- 内容を考えてくれた時間
- 届けてくれた時間
- 想いを形にする時間
ここに価値があるので、絶対にとっておきます。
メールはここをすっ飛ばしてショートカットできます。スピードも文字のきれいさも、便利さで言えば圧倒的にメールが勝ちます。
でも、皆さんがとっておくべきものはどちらでしょうか?
絶対に手紙一択なはずです。
メールは便利だけど記憶に残らない発明です。
お金とプレゼントの関係性も同じです。
お金をあげるよりもプレゼントを選ぶ方が時間的なコスパで言ったら悪いですよね。
お金をあげて本人が自由なものを買った方が機能性は高いです。
でも
「相手を想って選んでくれた時間」
はお金では生まれません。
お金は「相手を想う時間」をけっこうな割合でショートカットします。プレゼントのコスパの悪さは可愛らしいですね。相手が欲しくないものを買う場合もあります。でもそれすら価値になります。
どちらにも言えることは。
ショートカットするデメリットは「記憶に残らない」です。
そして、これからの時代に価値が置かれるのは「記憶に残ること」です。
現代はショートカットしすぎているのでは?
効率化と合理化はショートカットを加速します。もちろん、ここで生まれた生産性は大事です。でもみんな薄々気づいていて。効率化と合理化を進めたものは思い出に残りづらいからつまらない。。と
だから、現代は「ショートカットしていた部分」に価値が置かれはじめていますよね。いわゆる「ストーリーを売る」と似ています。クラファンが一時期流行っているのもこういう理由です。
あれはコンテンツのプレゼンではなく、中間のプレゼンなのです。発端〜途中経過が人を惹きつけるストーリー性があるかどうか?です。
「手間隙はかかるし、コスパは悪いんだけど。相手の記憶に残るもの」です。
これに関してはもっと追求して深掘る必要があります。
皆さんの毎日でショートカットしている部分ありませんか?
掘り起こしてみてください。
実はそこに価値があるかもしれませんね。
というわけで何かの参考にしてみてください。
※山登りや神社に行くこともショートカットできないものです。たとえ、スマホ1つでお参りできたとしても、みんなしないのはショートカットしちゃいけない何かがあると思っているからですね。