「〜ができない人間はいらない理論」って近くにたくさんあるよね?

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どうも吉田です。

川崎の事件についてです。

 

別にニュースコメンテータでもなんでもないですが。

 

この事件の後の

 

「1人で死ねばいいじゃん」

 

という論争がたくさんありましたね。

 


「1人で死ねばいいじゃん」・・・これってできない人間、弱い人間を排除する理論ですよね。

 

でね。

 

これは結構近くでたくさんあるんじゃないかと思うわけです。

 

セラピスト界に例えるなら

 

・研究ができない人間はいらない

・臨床ができない人間はいらない

・徒手療法ができない人間はいらない

・運動療法ができない人間はいらない

・物理療法ができない人間はいらない

・協会に入っていない人間はいらない

 

などなど。

 

身近にたくさんあります。

 

昔の吉田もこれくらい尖っていましたw

 

勉強できないやつとか、臨床できないやつとか、論文読まないやつとか。すごく嫌でした

でもそれがあるとき、ふっと変わりました

 

 

子供が生まれた時に。 

 

あれ、仕事以外にもこんなに大変でやりがいのあることあるじゃんって。

そう考えたら時短で早く帰って育児しているママセラピストとかすごすぎるじゃんって。

仕事して育児してって。

 

そう、吉田が見ていた世界が狭すぎたんですね。

「仕事」という枠組みの中で人を見ていたんですね。

いや本当に反省です。狭すぎます、その視点。

 

だから

 

「〜ができない人間はいらない」

 

ってすごく視点が狭いのではないでしょうか?

 

ある1つのことに対して「〜ができない」ってどうなんでしょうか?

 

そんなに悪いことなんでしょうか?

1つの「〜ができない」を責めることによって何かの答えになりますか?

誰かを救う議論になりますか?

 

 

僕らには「知性」があります

 

考えることができます

 

〜ができない人間はいらない・・って突き放すのは簡単なんだけど

 

 

「〜ができない人間」をともに歩む方法を考えた方が圧倒的にステキだと

 

少なくとも自分はその選択肢をとります

 

 

「〜ができない人間」が輝ける場所や方法を作り出すことを

 

 

ここじゃダメだけど、あと1m先の場所なら輝ける

ここじゃダメだけど、あと3m先に自分がワクワクする場所がある

ここじゃダメだけど、反対側に行ったらすごく好きなことができる

 

 

そう。今、ここじゃダメなことなんていくらでもある。

苦しく、辛くて、もうダメだなって思う瞬間は人間誰しもある。

同時にすぐ側にはその状況を一気に変えるチャンスもたくさんある。

そう、すぐ側に。

だからほんのちょっと勇気を振り絞って今いる場所から抜けてみる。

それが何かのきっかけになるかもしれないから。

 

 

吉田もそれをたくさんの人から与えられています

 

だから自分もたくさんの人に与えられたらなって思って生きていきます

自分の見える範囲で誰も見放さないように

 

 

そうだ、サンジャポの太田さんの話もすごくよかった

 

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吉田直紀
フリーランス理学療法士!「病院に行かない文化をつくる」がモットー。つくば・代々木で施術・トレーニング・ピラティス・インソール作成!!年間600人の専門家指導/月間10万PVメディア/さらに詳しいプロフィールはこちらから